大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和42年(う)157号 判決 1968年2月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審の未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官樺島明提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人阿部明男提出の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

同控訴趣意について。

原審ならびに当審で取調べた証拠によると、「被告人は麻薬取締法違反の前科が二回あり、その一は自己の麻薬中毒症状を緩和させる目的で昭和三七年七月から三八年二月までの間七回にわたり麻薬施用者たる医師と共謀の上自己に麻薬を施用させたと認定された事案であり、他の一は自己の麻薬中毒症状を緩和する目的で昭和三九年一一月から四〇年一月までの間三三回にわたり麻薬施用者たる医師に胆石が痛い等と申し偽り医師をして疾病治療のため必要があると誤認させて自己に麻薬を注射させたという事実であり、被告人は右第二の前科の懲役一〇月の刑を終えて出獄するや直ちに医師を訪れ胃が痛いとか腹が痛いとかさも激痛があるような言動をして右前科のときと同じように麻薬の施用をさせようとし、数名の医師からはその虚偽であることを看破られて麻薬の施用を拒絶せられたが、別紙犯罪一覧表の医師をして疾病治療のため必要なものと誤認させ被告人に麻薬を注射させた事実が認められる。

原判決は宮元久雄作成の鑑定書の記載を採用しないけれど同記載は科学的根拠があり被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書当審鑑定人向井彬作成の鑑定書その他の証拠と対比して検討しても十分信用すべきものであり、又別紙一覧表記載の日時頃仮りに被告人に多少の苦痛があつたとしてもその程度は医師をして麻薬施用を必要と認めさせるような程度の激しいものでなかつたことは三原悟、三島弁造、中島逸磨、岡村悟、中島武之、森閤橘、小久江直義の司法警察員に対する各供述調書、後藤政治作成の鑑定報告書ならびに向井彬作成の鑑定書によつて認められ、別紙一覧表記載の医師は被告人の激痛があるかの如き言動に騙されたものと推認せざるを得ない。

原判決は証拠の価値判断と取捨を誤つたものである。

かく医師を騙して麻薬施用の必要があると誤診させ麻薬を施用させた場合は、いわゆる間接正犯の法理に従い自ら麻薬取締法二七条一項の罪を犯したものと解すべきこと昭和四一年九月一一三日当裁判所第二刑事部が言渡した判決の説示するとおりである。なるほど麻薬施用者は自己において麻薬施用の必要があるかどうかを診察して判断すべきことは原判決の説くとおりであるけれども苦痛の程度は現在通常の開業医の診察の方法では判別が困難な場合があり、患部の抵抗緊張等も患者において作為し得る場合があること証拠により明らかであるところ、被告人はこの盲点を逆用して自己に麻薬を施用させる目的でことさら激痛があるような言動をなし、その言動に騙された医師をして麻薬施用をさせたのであるから、被告人の欺罔手段と医師の麻薬施用との間には必然かつ現実の因果的危険性が含まれていると云うべきである。被告人が訪れた医師のうちに被告人の詐術を看破して麻薬施用を拒否した者があることをもつて右因果的危険性の必然性と現実性を破るものとは認めない。

原判決はこの点について事実を誤認し法令の解釈適用を誤つたものである。

右事実誤認も法令適用の誤も判決に影響を及ぼすこと明らかであるから論旨は理由がある。

そこで刑事訴訟法三九七条四〇〇条但書に則り原判決を破棄しさらに判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は法定の除外事由がないのに、自己の麻薬中毒症状緩和の目的で別紙犯罪一覧表記載のとおり、昭和四一年三月二三日から同年四月七日までの間五回にわたり、北九州市八幡区中央町三丁目武岡医院外二ヶ所において、麻薬施用者である武岡正外二名に対し胃痛腹痛が激しいかのように仮装して麻薬の注射を求め、情を知らない同人らをして、疾病治療のため麻薬注射が必要であると誤診させ麻薬であるヒコアト、パビナール、アトモヒを自己に注射させ、もつて麻薬を施用したものである。

(証拠の標目)(省略)

(累犯前科)

被告人は(一)昭和三八年七月一八日福岡地方裁判所において麻薬取締法違反窃盗罪により懲役一年六月に、(二)昭和四〇年六月二九日同裁判所において麻薬取締法違反により懲役一〇月に各処せられその頃その刑の執行を終えたものであり、右事実は検察事務官作成の前科調書によつて認められる。

(法令の適用)

一  判示所為につき(包括一罪として)麻薬取締法二七条一項

一  累犯につき刑法五六条五九条五七条

一  未決勾留の算入につき同法二一条

一  訴訟費用の免除につき刑事訴訟法一八一条一項但書

よつて主文のとおり判決する。

別紙      犯罪一覧表

番号 犯行年月日時 (昭和、年月日時頃) 犯罪の場所 被欺罔者 欺罔手段 施用麻薬

1 41・3・23午前10 北九州市八幡区中央町三丁目 武岡医院 医師 武岡正 胃が痛いといい胆石症のためひどく痛むと誤信させた ヒコアト 一本(一cc)

2 41・3・24午後3 右同 右同 胃が痛い咳が止らないといい前同様誤信させた 右同

3 41・4・1午前10・30 同所 山隈医院 医師 山隈輝大 腹が痛い胆石の手術をしたことがある子宮〓腫で痛むといい胆石症のためひどく痛むと誤信させた パビナール 一本(一cc)

4 41・4・2午前10・30 右同 右同 腹が痛いといい前同様誤信させた 右同

5 41・4・7午後1 同区春の町五丁目 上野医院 医師 上野守雄 吐気がする 腹が痛いといい急性胃炎のためひどく痛むと誤信させた アトモヒ 一本(一cc)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例